Little AngelPretty devil 
       〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

       “初夏の候”
 



屋内や日陰はまだちょっと春の名残か薄着でいるとひんやりしもする。
何より、黎明のころなぞは うすら寒くて、
寝床から出るのが億劫になるほどではないが、
裸足だとちょっと寒いかなと思う日もある。

 「その坊主は感受の性が鋭いのでな。
  人の企みを理知でまさぐるのはとんと苦手だが、
  空間の気配や人の感情から発する空気を嗅ぐのは得手なのだ。」

微睡の中、お師匠様の説教が遠く近くにたわんで聞こえる。
ああいけない、こんの寝坊助がって叱られる。
蹴飛ばされるのはちょっと嫌だなぁと思いはするが、
瞼は重いし頭はぐらぐらで意識がなかなか冴えてくれない。
朝も早い時刻で 少し寒いはずなのに肩や頬が熱い。
朝早い? あれ、でも、どうしてかな、
瞬きの合間に見えるのは漆喰壁で、ものすごく白い。
まるで真昼の日盛りの中に居るみたいに。

「武神やら小っさな狐の使い魔を従えてる陰陽師見習い。
 そんな使いでのありそうな付帯物を抱えた存在ならば、
 まだ見習いでもさぞや利用価値もあろうぞと、
 本人がこんないたいけない小童だと甘く見て手を出そうとしたのだろうが、」

くくと小さく、だがはっきりと笑った御師様。
あれれ? ボクへと話しているんじゃあないのかな?
どうしても瞼が上がらないよぉと、心持ちがむずむずして来たのを持て余していたら、

 さわさわと

やさしい風が取り巻いて、こっちへ凭れなさいなと大きな手が囲うてくれる。
頼もしいところへぽそんと凭れれば、
若葉のような、それでいてなめした革のような香りがし。
金具がちゃりちゃり触れる涼やかな音もして。

「そこが考え無しだというのだ。
 見習いだというに、そうまでの妖異を従え、懐かれておるのはどうしてか。
 術はまだまだ未熟だが、資質が途方もないとどうして気づかぬ。」

コデマリの茂みがざざんと揺れて、強い風が吹き抜ける。
くうちゃんと こおちゃんが とたとたとたと板張りの渡殿を駆けてくる足音がする。
そのまま近くまで来てよいちょとお膝に乗っかって来るのが温かい。
あ、とか、おお、とかいう覚えのない人の声が幾つか立ったが、

 「この和子らも相当に怒っておるぞ?
  大好きな兄人を攫ってゆこうとしたのだからな。」

御師様の声へ目がけて何やら鋭い風が起きたが、
キィィンっという金物の音とざわめきの声がしたかと思ったら、
そのまますうっと眠りの幕がひかれてしまって……




「どうせどっかの暇と金が余っとる大馬鹿な輩、
 権門の端っこの馬鹿者の我儘なのだろうよ。」

どこかで可憐な容姿風貌の瀬那を見初め、
しかも何やら異能を鍛錬中の存在、
時折愛らしい子ギツネを連れていたり、頼もしい武神の“式”を連れていると、

「そういうものが探れる程度の陰陽師を抱えているとなると、
 大臣格の彼奴か此奴か、そこのバカ娘か青二才の甚六かというところかの。」

そんな存在が、何を履き違えたか、
現職の神祇官補佐の家人という少年を攫って来いと命じたとは。

「ツッコミどころが多すぎて呆れるわな。」
「だよなぁ。」

国事をつかさどる役職の官吏の家人、
しかも曲者として殿上では知らぬ者はない蛭魔の弟子だ。
此処までで十分、妙な手出しは身の破滅と判りそうなものを、

「憑神やら妖狐やらが懐いているような和子だ、一筋縄でいこうはずがなかろうよ。」

実際、庭先で小さな子ギツネさんたちと遊んでいたところへ躍り込んだ不審者らは、
どこからか吹いてきた突風に足元から浮くほど飛ばされ、
蔵の壁へと叩きつけられ、半分が失神し。
それでも何とか生き延びたクチが掴みかかろうとしたところ、
宙から滲みだすよに姿を現した黒づくめの直衣姿の男に、錫杖で右へ左へ薙ぎ倒された。
しかも倒れ伏したところから貼り付けられたようになって立ち上がれなくなり、
そんな面々の低くなった眼前へ、ダンっと踏みつぶす勢いで御々脚叩きつけて現れたのが、
金髪白面の当家の当主にして今帝がご贔屓のうら若き陰陽師様。

  ようもウチの子へ詰まらぬ手を出そうとしてくれたなぁ。
  どこの家の者かも誰からの差し金かもこっちはちゃんと掴んでんだ、
  誤魔化そうたってもう遅いぜ、今頃本家からの使いが
  大馬鹿な小娘だか甚六だかへの破門状でも持ってってるかもだなと。

大上段から言い放ち、人差し指をひょいと振っただけで、
十人近く居た狼藉者らを宙に浮かせて、屋敷の外まで吹き飛ばしたから。

 「ひ、ひぃぃぃいいい〜〜〜っ。」
 「ば、化け物屋敷っ!」
 「魂抜かれるぞっ!」

腰が抜けかかった情けない格好で、這う這うの体で逃げ出す始末。

 「あすこまで物知らずが、ようもまあこの京の都で生活できとったものよ。」

普段、狡猾な大だぬきを相手にやり合っているだけに、
こうまで無知蒙昧な無能は新鮮だったかもと、妙な感慨を洩らした蛭魔だったのへ、

 「大方、指令を出したのが世間知らずな箱入りで、
  受けた側は上流の知識がない半端ものだったのだろう。」

此方もやれやれと肩をすくめた葉柱で。
さわさわと優しい木陰を作る木立の下では、
乱暴されかかってた書生の少年が、何も知らないまま、
ふわふかな毛並みの子ギツネさんたちをお膝に、くうくうと平和にお昼寝中。
思わぬ騒動もあっという間に畳んでしまえる、
さほどの頭数は居ないながら、相変わらず最恐なお屋敷なのでありました。



 
     〜Fine〜  18.05.12


 **久々の陰陽師です。
  いい気候になったので、ちょっと覗いてみました。
  荒事もあっさり畳める、相変わらず頼もしいお屋敷なようです。

ご感想はこちらvv めーるふぉーむvv 

ご感想はこちらへ


戻る